2013年03月09日

3月9日 田畑家を送る会

プライドチキンズのN゙の計らいで仏滅の今日、田畑家を送る会が遂行された。
私の送別会ではなく、あくまでもマンションの引き払いにともなうお別れ会(だと思う)。5年間お世話になった部屋だけあって、いろいろと思うところがある。  
  
まず、ここを借りるようになった経緯だ。
大学を卒業するにあたり、前いたアットホームでは仲間達に甘え過ぎてメリハリのある生活ができないと思った。さらに、自営業を平行するにあたっての拠点がほしく思ったのと、居候が住むための部屋も必要だった。そんなこともあって、家賃が安く、騒音をあまり気にせず、部屋が多いことを条件に探した。一人暮らしだったが、3LDKベランダ付きのマンションをもてあそぶことなく活用していたように思う。

居候がいなくなってからは、金の味団というけったいな組織のたむろ場になった。いつしか「秘密基地」と呼ぶようになり、団旗も掲げられた。
語り合い、交流する場として、私にとっても刺激の多い環境だった。

年齢を重ねるに連れ、コミュニケーションの質も幾分変化していったように思う。
個人哲学のぶつけ合い、夢の語り合い、そんな交流を求めていたのだが、少しずつ楽しみの場になっていったように思う。それでも、一対一のコミュニケーションは相変わらずだった。たぶん私は、大人数の交流に苦手意識があるのだろう。
電自動麻雀台の登場も、秘密基地に劇的な変化をもたらした。これがなかなかのすぐれもので、楽しい時間を作ってくれたように思う。

私個人と部屋と友人、それが一つのコミュニケーションを形成していたように思う。
求めるものが同じでも、だんだんと変わるものもある。そうした変化を共に歩んできた秘密基地を失うのは実に淋しい。それに、実質的にも活動の拠点を失うのは不自由する。

学生時代によく言っていたことなのだが、活動を活性化するのに必要なのは「場所」「人」「刺激」だと思う。かつてはここにもそれらがそろっていたのだが、今は場所だけが取り残されているように感じる。この環境も潮時なのだろうか。かと言って新居に移れば何がどうという話でもなく、結局は努力や信頼の積み重ねなのだろう。

部屋の片づけを進めていると、思い出の品ばかり。残しておくわけにもいかず、たくさんの物を売ったり捨てたりあげたりした。3分の2ほどは処分したと思う。
残った荷物を持って私はこれからどこに行くのだろうか。

今日の送る会には、満身創痍団のメンバーも遠方から来てくれた。取りとめもない話で酒を飲み、別れを惜しんだ。

ほなな
posted by しょごたん at 23:50| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | お酒のある日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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